39歳 早大ラグビー部の新指揮官が語る「理想のチームの作り方」

長野県菅平高原で行われた夏合宿でトップチームが強豪の帝京大、明治大との練習試合で連勝。成果は出始めている(撮影:松本かおり)

 39歳 早大ラグビー部の新指揮官が語る「理想のチームの作り方」

佐賀工業高校、早稲田大学、ヤマハ発動機ジュビロと、国内屈指の強豪で輝かしい実績を残した。日本代表にも選出され、正式な国際試合であるテストマッチに7度出場。まさにエリート中のエリートだ。元ラグビー日本代表・平尾剛氏が語ったオリンピック報道への違和感もっとも、本人の感覚は少し違う。「佐賀工業では20人ほどいる同期のうち、15人が高校からラグビーを始めた初心者でした。早稲田も20人部員がいるとして、スポーツ推薦は5人もいないくらい。とにかく、練習して練習して強くなるというチームです。もちろんヤマハも同じ。だから、ずっと強豪でやってきたという意識はないですね」早稲田では3年時に大学日本一を達成したものの、主将を務めた4年時は準優勝に終わった。ヤマハでは入社6年目の’09年、リーマンショックのあおりを受け廃部寸前の危機に直面している。陽の当たる道を歩んできた一方でいくつもの試練も味わい、今春より母校の舵(かじ)取り役に就任した大田尾(おおたお)竜彦新監督(39)は、「すべての経験が今の自分を作っていると、うわべじゃなく思う」と話す。「もし順当に勝っていたら、選手としてはもっと成功していたかもしれません。でもこういう役割(監督)を任せられるだけの何かが備わっていたかといえば、おそらくそうではなかったと思います」現在の学生の印象を、「とにかく真面目。いい意味で予想とギャップがありました」と明かす。半面、誰もが容易に最先端の情報にアクセスできる時代だけに、経験豊富な元トップ選手といえども借りてきた理論を振りかざせば、学生にはすぐ見抜かれる。だからこの春はまず、昨季の大学選手権決勝で天理大学に完敗した要因をクリアにしたうえで、実際のプレーで成長した実感をつかむことから手をつけた。「監督が替わって選手が何を期待するかといえば、やっぱりラグビーのことです。それに対して駆け出しの監督がいきなり人間性うんぬんといっても聞いてはくれない。最初にラグビーで成長した実感を持たせたほうが、その後の話も響くと思いました。春シーズンを終えて、選手たちが納得してついてきてくれている手ごたえはあります」ヤマハで業績悪化による強化縮小が発表された時のことを、「あれだけ悩む時間は今後もないというくらい悩んだ」と振り返る。練習時間や予算が大幅に削減され、多くの選手がチームを離れる中での活動を通じて、それまでのラグビー観や組織に対する考え方が大きく変わった。そうした苦難を乗り越えて5シーズン後の’15年に日本選手権で初優勝を果たした経験は、監督を務めるうえでの貴重な財産になるだろう。「それまではずっと”足し算”だったんです。チームで意思統一して、一人ひとりの力を足していって戦うという考え方。でもそれって実は、いろんなものがそろっているからできることで。じゃあそろわない中で何をするかというと、みんなの力を”掛け算”していくしかなかった。入ってきたばかりの新人に、失敗するとわかったうえであえて失敗させて、『こっちのほうがいいな』と理解させる。そうやって自分で考えられる選手を増やして、役割を任せる。方向性だけひとつにして、あとは各自に任せたほうが、自分の枠を超えるものを生み出せる。同じ分担作業をしているようでも、それまでのチームワークとは比較にならないような信頼関係ができていました」部員には高校時代に全国の頂点に立った者もいれば、県大会初戦敗退の無名校から門を叩いた者もいる。早稲田でラグビーをするために何年も浪人して入部してきた者も。トップレベルのクラブでは極めて稀(まれ)なそうした環境こそが、早稲田大学ラグビー蹴球部の最大の魅力だと大田尾監督はいう。「いろんなバックグラウンドを持つ連中がぶつかり合いながら、ひとつの目標に向かってチームになっていく。ここが早稲田の本当におもしろいところだと思うし、変わってほしくない部分ですね」歓喜と悲嘆の両方を知る39歳の新監督は、多彩な個性を持つ若者たちをどう導いていくのか。9月12日のシーズン開幕が楽しみだ。『FRIDAY』2021年9月24日号より

FRIDAYデジタル