中判ミラーレスカメラ「Hasselblad X1D II 50C」レビュー:今の日本に必要なカメラ

ハッセルは細部に宿る。

X1D II 50Cのレビュー中「これ中判カメラなんだ」って話して、一発で「すごい!」って返してくる友人は一人も居ませんでした。「とにかくセンサーが大きいんだよ」って言ってもピンときていない様子。カメラ好きにとって当たり前の「単位」であるセンサーサイズも、わからない人にとっては、APS-Cも中判も同じ“カメラ”なんだろうなぁって、あらためて感じたところです。

X1D IIは類を見ないほど小さい中判ミラーレスカメラです。しかし、それでもフルサイズミラーレスより圧倒的に大きいし重いです。僕の友人も、なんでわざわざゴツいカメラ使うんだろうって思っていたはず。

これっていったい誰のためのカメラなんでしょうか?

もちろんプロのフォトグラファーにとっては、中判センサーゆえに「高解像度だから大きく引き伸ばせる」といった恩恵がありますが、今回は自分のような、いち趣味カメラマンにとってどんなメリットがあるのか?という話。

60万円以上も払って幸せになれるカメラなんでしょうか? 結論としては、価格に見合う価値はあります。その理由は最後に。前置きが長くなってしまいましたが、今回はこの夏中に発売する新生「X1D II 50C」を発売に先駆けてレビューしてみたいと思います。

これはなに:中判センサーを搭載したミラーレスカメラ。2016年に登場した「X1D-50c」の後継モデルで、EVF、背面モニターの大型化。起動速度、AF性能の向上した。

価格:約63万円(実勢価格、記事公開時点)

好きなところ:精選されたプロダクトデザイン

好きじゃないところ:起動時間が5秒もかかる。AFが遅い

ボタン一つに至るまで「フラット」なデザイン

X1D IIを語る上で欠かせないのは、何はともあれこのプロダクトデザインです。前モデルとなる「X1D-50c」から形はほぼ変わっていませんが、逆に変える必要がないほど洗練されたデザインです。

なるべく曲面をなくし、どこから見てもフラットな印象を与えるように面取りを多用したボディ。僕がとくに好きなのは、HASSELBLADの文字が刻印された面からぐるっとグリップ周りの面取りが一連になっているところ。ここめちゃくちゃ好きです。

筐体は、アルミの素材がむき出しで、ヒンヤリしていて硬いです。みちっと密度が詰まった金属の塊を、X1Dの形にスパッとくり抜いたような、そんなカタマリ感があるんですよ。いや、まさにX1D IIのボディは、アルミ削り出しなので間違いないのですが、ボタン一つ一つに到るまで出っ張らないように工夫されており、ここまでするカメラは見たことありません。

一つ間違えれば軽率に思われかねないフラットすぎる外観を、しっかりとディティールの作り込みでポジティブに持っていくハッセルブラッドのプロダクトデザインには、ただ脱帽です。

X1Dのイノベーティブなところって、まさにこのプロダクトデザインにあり。だと思うんですよね。中判カメラって、もっと黒くてゴツくて特別なものだったはずです。それなのに、中判カメラをカジュアルな存在にしてしまったX1D。さっきから自然にフルサイズ機と比べちゃっていますが、数年前ではありえなかったことだと思います。それを、APS-Cとフルサイズの延長線に乗せてしまったことがすごい(X1D IIは645フルサイズではないので「本当の中判ではない!」という意見もあるでしょうが…)。

初代X1D-50cがでたとき「世界初のミラーレス中判が出た」と持て囃されましたが、単に「見出し」のためにミラーレスにしたわけではないことがわかります。ハッセルが中判というフォーマットを再発明したような。そんな気さえ感じます。

閑話休題:X1Dの中古を狙っている人へ

初代X1DからX1D IIは、形も変わっていなければセンサーも変わっていないので、ここで初代X1Dの値落ちを待っている人も多いかもしれません。一応、初代からIIへのアップデート点は、起動速度・AF速度の向上、EVF・背面液晶の大型化など。カラーはグレイになりましたが、形は変わっていません。

なかでも起動速度と、EVFの進化はすごくて、形は同じと言えど撮影体験にかなりの差があります。起動速度は10秒から5秒へ(それでも普通のカメラより遅いが)、EVFは0.87倍へ。値落ちした中古の初代X1Dを狙っている人は、一度X1D IIと比較してみるのをオススメします。

中判ミラーレスカメラ「Hasselblad X1D II 50C」レビュー:今の日本に必要なカメラ

心地よい重さ

世界最小クラスの中判ミラーレスとはいえ、それでも中判は中判。普段使っているフルサイズミラーレスよりは圧倒的に大きいし、重いです。これを持って渋谷で撮影しながら歩いていたら「ナイスカメラ!」と絡んできたお兄さんが1人いたのと、これを構えていると、8割くらいの人は前を横切るのをやめます(ご迷惑おかけしました)。それくらいインパクトはあります。

でも、握っていて不安になることはありません。今回はあえてストラップをつけずに撮り歩きをしてみましたが、まったくヒヤヒヤしませんでした。グリップがとにかく深いのと、サムレスト部分にボタン類が当たらないようデザインされているので、しっかり握りこめるのです。「持ち歩ける中判」のための工夫が見られます。

ボディと今回使ったレンズの「XCD 3,5/45」で約1.2kg。いつも僕が持ち歩いているカメラがトータル640g。2倍くらい重いので、普通に考えれば日常使いするのがイヤになります。しかしX1D IIはグリップ感がとても良いので、その重さがポジティブに働きます。というのもグリップを握る指にクイっとかかる重さが安定感につながります。むしろこれ以上、軽いとイヤかも。

今回は貸出機によるレビューだったため数日間での話ですが、それでもレビュー中でX1D IIを持ち出すのが億劫になることはありませんでした。

「解像感」じゃなくて「解像力」

撮った写真を見ると、改めて中判センサーの凄さを実感します。こと中判カメラで最小クラスのX1D IIでは、「本当にここに中判センサー入っていたんだと」自分が握っているカメラの恐ろしさに気づきます。5000万画素で撮った写真は、背面モニターで確認する時点でちょっと感動します。どんどん拡大できる! それだけで素直に楽しいです。

よく富士フイルムやLUMIXのローパスレスで撮った写真を見て「解像感すごいなぁ〜」みたいな話で盛り上がりますが、X1D IIの画はホンモノの解像力があります。ライカのように色にすごく特徴があるわけではないですが、解像力が高いがゆえに全体でみたときに写真にメリハリがしっかり出ているのがX1D IIの特徴です。万人に受けるセクシーな画というより、わかる人がコクリと頷く紳士的な画。

今はソニー「α7R」シリーズのおかげ(せい?)で4000万画素クラスの写真に目が慣れてしまったので、解像“度”が高いことにそこまで価値を感じていないのですが、中判のX1D IIは加えて階調が豊かな点がいいところだと思います。1枚1枚ものすごい厳か。「僕なんかがすみません…」っていう写真が撮れます。

シャッターチャンスなんて、逃してなんぼ

ここでひとつX1D IIの欠点を。オートフォーカスが頼りになりません。とにかく遅い。遠景は問題ないのですが、被写界深度の浅い近景になると途端に動きが悪くなります。そもそもX1D IIはコントラストAFにしか対応していないので、「ウィンウィン」と言いながらレンズを前後させる時代おくれなAF(音がなるのはレンズのせいだが…)。タッチAFには対応していますが、AFポイントは最大117点なので、欲しいところにピタッと合わせられないし、コンティニュアスAFもありません。

どうしてもオートで合わないときは、マニュアルに切り替えて撮影していました。MFに慣れている人は最初からMFでいいと思いますが、AFネイティブの自分にとってはかなり難しいカメラでした。シャッターチャンスは逃しまくりというか、シャッターチャンスと呼ぶほどの一瞬のシーンにX1D IIはまったく付いていけません。

オートフォーカスは初代X1Dよりは高速になっているそうですが、時代遅れ。これって完全に普段ソニーとかキヤノン使っている人の感覚ですよね…。僕、生き急ぎすぎかな…?

緊張感のあるカメラ、遅いカメラ

まぁ良くも悪くも、X1D IIって緊張感のあるカメラなんですよね。データが大きいゆえに撮影できる間隔は長いし、オートフォーカスにも時間がかかるので、じっくり構図をとって1枚、1枚…っと撮影していく、スピード感の遅いカメラです。バッテリー1本を使い切った6時間のあいだに、112枚しか撮ってませんでした。

でも、こうして1枚をじっくり詰めていく撮影体験は、ファインダーを通して被写体としっかり向き合う楽しさにに気づかせてくれます。X1D IIをもって歩くと、写真を撮る楽しさを再確認させてくれました。なんでも速ければいいってものじゃない。

シャッター音も特徴的です。金属が鳴り響くような高い音は、はっきり言って大げさなんですが、1枚1枚をじっくり集中して撮影させてくれる緊張感を与えてくれます。なんというか、スピーディーに撮りたくなる気持ちを抑えてくれ、ゆっくりなリズムを刻んでくれる音です。カフェで使うには周りのお客さんに迷惑になるけど、すぐにクセになりました。

閑話休題:データ管理は意外と問題ない!

5000万画素の写真って容量が怖いですよね。

僕はいつもはRAW+jpegで撮影していています。X1D IIはRAWがだいたい1枚100MB、jpegが15~30MBなので、一回シャッターを切るたびに120~130MBくらいは消費しています。112枚撮影して14GB。外部ストレージに移すくせが身についているなら、問題ない範囲だと思います。iPadで管理しているなら、ちょっと気を使ったほうがいいかも。

今回ふだんとまったく同じLightroomで管理してみたのですが、「現像モード」でもプレビューでき、現像もストレスなく反映されました。参考までに今回のPC環境を→MacBook Pro 15インチ 2017、Core i7 3.1GHz クアッドコア、メモリ16GB、Radeon Pro 560。

まとめ:理詰めでは買えないカメラ

さて、最初の疑問に戻ります。レビューを終えた今、「趣味カメラマンが63万円のX1D IIを買う価値があるか」と聞かれると、僕は自信を持って「ある」と答えられます。というか欲しい。

正直、使っていて気になることは、X1D IIにたくさん残っています。たとえば起動に5秒かかるとか、AFが異様に遅いとか。初代X1Dから見たら高速になっていても、今の一般的なデジタルカメラに慣れた身にとって満足しないことが多いのは確かです。撮れる写真とカメラの性能の理詰めで考えると、明らかにほかのフォーマットのカメラのほうがいいでしょう。

それでもなお、X1D IIが良いと思えた理由は、数字(スペック)ではないところに、このカメラの価値が詰まっているからです。その「数字ではないところ」とは、このレビューでツラツラと書いてきた、プロダクトデザインの良さ。それが引き起こす体験です。クリーンで重厚なデザイン。深いグリップにかかる程よい重さ、甲高いシャッター音、それが引き起こす遅い撮影体験…がとても心地よいのです。

カメラメーカーにとって、数字で表せない良さって売りにくいんですよね。なので日本のメーカーは、大きさや重さ、連写速度、AF速度といった、数字であらわせる性能で競い合っている背景があるかと。スペック競争が激化している今だからこそ、技術ドリブンではなく、体験から逆算してデザインされたX1D IIはとても貴重なカメラです。今まさに日本のカメラメーカーの開発スピードに疲弊している日本のユーザーに必要なカメラなのかと。

今回のX1D IIのレビューは、自分にとってどういったカメラが心地いいのか考え直す機会であり、X1D IIは自分にとって好印象でした。数字では見えないところにブランドの魂が宿る。それが理解できる人だけに売る。それで結果的に63万円になったのであれば、僕はぜんぜんそこにペイしますよ、ということです。

なにより、銀塩時代に生きていなかった自分にとっては「X1Dがハッセルブラッドのカメラ」という印象が強く残りましたし、まだ23歳なのに、どうにかしてローンを組んで買えないか考えている自分に怖くなっているところで、このレビューを終わりたいと思います。

Source: Hasselblad